異常学園~アビリティエ~ #2-2
#2-2「アタシがエルリーナ様だ!」
ざわざわと賑わう声が聞こえる昼休みの廊下。未来と因はさやかに誘導され後をついていく。二人ともまだ行き先を知らないからか、その表情には不安そうな感情が浮かんでいた。
「なあ因、一体どこに行くんだ…?」
「あたしも知らないなぁ…見当もつかないよ」
うしろでひそひそと話す二人。その会話を聞いてか聞かずか、さやかが途中でさえぎるように口を開く。
「最初はね、もう少し未来さんがこの学園に慣れてからこの件を話そうと思ってたんだけれど…因ちゃんのおかげでだいぶ早めに済ませられそうだわ」
ぼそぼそ話はするものの、肝心な『誰をどうするか』の事は未だ言い出す気配すらない。名前を口に出すことすら嫌な相手なのだろうか。それとも…明確な意思を誰かに聞かれたくないのだろうか。
そんなことを考えているうちに1-D教室の前でさやかが立ち止った。目的地はここなのだろう。
「…ここって……そういえばさやかちゃん、私に学校の中教えたときも…」
因は、前にもさやかがこの教室だけ避けていたことを思い出していた。
しかし未来はそんなことなど知るよしもないため、教室を前に立ち止まるさやかに対し困惑と怒りの意を見せる。
「おいさやか!ここ一年生の教室じゃないのか!?お前ほどの奴が私の力を借りるんだからどんな相手かと思ったら…ふざけやがって!」
「きーちゃん!そんな…!」
昔から番長のような事をやっていた彼女としては、やはり年下相手に情けないと思ったのだろう。未来は興奮気味にさやかを責めたてる。
それに対し、さやかは眉をひそめ、未来を止めるように言葉を返した。
「しょうがないじゃない…私は風紀のために戦うの。むやみに相手をはっ倒すだけじゃないわ」
確かにただ勝つのと事態を落ち着かせるために戦うのとではわけが違う。むしろできる限り実力行使を避けるのが彼女の仕事なのだ。
「…暴れてる奴を止めるだけじゃないのか?」
「うーん…暴れてるというか、まず破壊活動とかじゃあないの」
「あ?」
未来にはわけがわからなかった。この脳筋には暴力以外の悪行が思いつかなかったのだ。
「まあ、見ればわかるから」
さやかはためらう気持ちを振り切った様子で、未来に語りながら扉をゆっくり開いた。
教室の中では一年生が各々自由な事をしていた。…ただ、その中で一人だけ、椅子に座ったまま偉そうに足を組み、こちらをじっと見つめる青いドレス姿の少女がいた。
「…!」
彼女の視線に気が付いた二人はその鋭い目つきに圧倒されかけていた。その時には、因も未来も彼女が目的の人物であることはなんとなく感じていた。
「あら委員長、お久しぶりですねェ?」
少女は軽々しい口調でさやかに話しかけるが、さやかはそんなものに揺らぐこともなく、微笑みながら声を返す。
「そうねエルリーナさん。今日は改めて取り返しにきたわ」
「取り返す…?」
因と未来は話の流れが全く掴めない。
「お?なんですかァ?うしろの二人は何も聞かされてないンですかァ~?」
かなり挑発的な態度…いや、挑発しているのだろう。青いドレスの彼女―『エルリーナ』は二人を見ると、ニヤニヤとほくそ笑みながらさやかに語り掛けている。
「詳しく話す必要はないからね。未来、とりあえず今は『彼女を取り押さえる』ってだけ言っておくわ」
何を取り返すかは知らないが、言わないのだから別に聞く必要もないだろう。因と未来はそう考えつつも別の疑問を抱いていた。
「取り押さえるだけでいいのか?あいつ一人だけならさやかの腕力くらいで出来るだろ?」
さやかは片手で突き飛ばすだけで、未来を吹き飛ばして壁に叩き付ける程の力はある。このような疑問は当然湧くだろう。だが…
「一人だけなら…ね」
さやかは微笑みながらも苦い顔でそうつぶやいた。…相手は一人じゃないのか?因と未来がふたたび疑問を抱いたその瞬間、
教室中の生徒が一斉にこちらを睨み付けた。
「ヒッ…!?」
「かーっ!ネタばらしするのが早いンだよ委員長さんよォ!」
その光景に思わず悲鳴を上げかける因に横目に、エルリーナはガタンと立ち上がり、さやか達へ叫び飛ばした。
「この際もう隠したってしょうがねえから教えてやる。アタイの名はド・エルリーナⅡ世!人を操ることもできるアビリティ『アリペッコ』を持ってるんだぜ」
周囲からは先ほどまでこちらを見もしていなかったはずの一年生たちが、両手を構えながらジリジリと歩み寄ってきている。
「こいつァちょっと制限は多いが便利なアビリティだぜ?気分はまさにニュータイプだァ!!」
ウキウキで喋り続けるエルリーナ。さやか達三人はどんどん追い詰められていく。
「お、おいさやか!早くあいつらの洗脳だか催眠だか解いてやれよ!」
「でもきーちゃん!こんなに大勢じゃさやかちゃんだって一気に触れるわけないよ!」
さやかの能力『ジャスティスジョーカー』は触れている間だけ相手のアビリティを無効化することができる。しかし、肝心のエルリーナは手の届く距離から数歩離れている。大勢の壁がある以上その全員を触る必要があり、そのうえでエルリーナを捕まえるなど至難の業なのだ。
「安心して、範囲を広げるくらいならできるわ。」
「え?あっ、そういえば応用がきくんだっけ…?」
因は先ほど交えたさやかとの会話を思い出す。
「でもね、さっき言った通りエネルギーの消費が激しいし使ってる間はほとんど動けないの」
「…そのための私なんだな?」
なるほど、と言わんばかりの顔で未来が軽く頷く。
「あら、意外と理解が早いわね。じゃあ行くわよ」
「え?そのためってどういう…」
ズオォン!!
因が言い終える前に、さやかは強くエネルギーを放出した。すると周囲に青い膜が広がり、バリバリと音を立てながら一年生たちを包む。
するとどうだろうか、険しい表情で睨んでいた一年生たちはハッと正気を取り戻し、にじり寄る足を止めたのだ。
「あァ!?」
見たことも無い技を目の前にエルリーナは思わず声を上げる。
「未来!」
「よし!」
そして、さやかの呼びかけに応じるように未来が飛び出し、エルリーナへと飛びかかった。
しかし、
「ヌ゛ゥン!」
「おわっ!?」
ガァン!
エルリーナが濁った声と共にどこからともなく武器を振り下ろした。それは先端に大きな宝石が取り付けられた棒―いわゆるメイスであった。
未来は間一髪でその攻撃を防いだものの、思わずひるんでしまったためにエルリーナに逃走を許してしまう。
「じゃあな黒いの!」
「あっ!おいコラ待て!」
エルリーナはそそくさと教室から出て廊下を走りだした。
「未来!追いかけて!」
放出を解き、疲れ果てたさやかは息を荒げて未来に叫ぶ。
「お、おう!」
それに反応した未来も急いでエルリーナの後を追いかけるのであった。
続。