異常学園~アビリティエ~ #1-1
#1-1「学内見学」
「ええと、職員室職員室…と」
廊下を早歩きで進み、順に教室の札を見て職員室を探す因。転校後初の学校への顔出しに遅刻しそうだというのに随分と余裕である。きっと「さやかちゃん」のことで頭がいっぱいなのだろう。
そんな因がふらふらと扉の札だけを見ながら歩いていると、何者かの人影が因の横を通り過ぎた。
それは黒い制服に身をまとい、これまた黒く美しい髪をしている女性。
後ろ姿しか見れなかったものの、離れていく背中は彼女が何かすごい人物だという雰囲気をかもしだしていた。
きれいな後ろ姿だ…彼女も転校生なのかな?因はそう思いながら、再び職員室を探し出した。
―教室
キーンコーンカーンコーン♪
「それじゃあ出席を取るぞー」
学校の鐘が鳴ると同時に教師が点呼を始める。その生徒の中には『さやかちゃん』と呼ぶのを半ば強制していたあのさやかが居た。
「よし、全員居るな。…あぁ、そうだ。今日は転校生が来るぞー」
あぁ、そうだ。じゃない。お前は転校生の存在を忘れていたのか。さやかはそう言いたそうに冷たく微笑む。
そんな忘れんぼう教師が唐突に転校生のことを言うと、クラスは一気にざわめきだした。
「どんな子だろうね」「かわいいかな」「美男子だといいなー」
(……)
皆が口々に喋る中、さやかは「私は知ってるぞ。結構かわいいことも知ってるぞ」と言わんばかりに微笑んでいた。
「そろそろいいか?江西、入って来い」
クラスが静まった頃合を見計らい、教師が外にいる転校生を呼ぶ。因は落ち着いた表情で扉を開けて入って来た。まずは深呼吸。
「スゥーッ…江西 因です。苗字は江戸の『江』に方角の『西』、名前は因数の『因』って書いて『ゆかり』です。よろしくお願いします」
因がぺこりとお辞儀すると、再びクラスはざわざわと騒ぎ始めた。
「女子だったね」「かわいいなー」「因で『ゆかり』って読むんだ」「トイレ行きたい」
(……)
皆が口々に喋る中、さやかはととても嬉しそうに、そして何故か自慢げに微笑んでいた。
「そうだな、じゃあ田中の隣が空いてるからそこに座ってくれ」
教師は適当に空いてる席を指差して言うと、因は少し恥ずかしがりながら言葉を返した。
「あの…先生、良かったら…あたし、さやかちゃんの隣がいいです」
「えっ?」
教師は転校生の唐突なリクエストにしばし驚愕する。
しかし、どうせなら少しでも知ってる顔ぶれがいいという因の思いを感じ取ったのか、快く承諾してくれた。
「…そうか、わかった。じゃあ秀田、そこは江西が座るからお前は田中の隣だ」
「えっ!?…えぇ~?」
呼ばれた男子生徒は突然の移動勧告に動揺するも、渋々席を立った。なんだかかわいそうだ。
しかしさやかはそんな男子生徒に目もくれず、隣に腰を降ろす因を見てそっと微笑んでいた。
―午前の授業が終わり、休み時間
「ねえ、そろそろ学校見て回ってみる?」
急かすように提案をするさやかに、因はよく考えずに返事をする。
「んー、そうだね」
「じゃあ早速行こう。まずは上の階の教室から紹介するわね」
さやかはうきうきとした表情で因の手を引っ張って走り出した。
「わっ!ちょちょっといたたたた!」
―教室3-C
教室の前に着くと、さやかはおもむろに扉を開けてずかずかと中に入っていく。
「失礼しまーす」
「へ!?」
因は教室の前を通過しながら紹介してくれるものだと思っていたため、さやかの思いもよらない暴挙に目を丸くする。
これは入っていいのか、変な目で見られないだろうか。そんな思考が因の脳内をめぐるも、最終的にはさやかの後を追って入ることを選んだ。
「…し…失礼します…」
先輩達の教室に堂々と入るさやかと、それをびくびくしながら追う因。どちらも教室内で浮いている。
「ね、ねぇ…勝手に入って大丈夫なの?前を通るだけじゃないの?」
心配そうにあたりをきょろきょろと見回す因。先輩たちの目が気になるようだ。
しかし、思ったほど先輩たちの視線を感じない。
どうしてだろうと不思議に思う因に、さやかは振り向いて軽く笑う。
「フフッ…大丈夫よ。私、実は風紀委員長やってるのよ?」
ニッコリと微笑むさやかに、先輩から声がかかる。
「おっ?パトロールかい?頑張ってくれよ」
先輩からの応援にさやかは表情を崩さずに応答する。
「ええ、ありがとうございます。…ほらね?」
まるでドヤ顔のように微笑むさやかを見て、因は心なしかほっとしていた。
「さやかちゃんて風紀委員長だったんだ…にしても3年生は雰囲気が違うなぁ…」
因がそうつぶやきながら、教室を後にした。
因の目線の先には、白と黄色の、まるでアニメのキャラクターが着るような服装で、一人窓の外を眺める女性がいた。
―教室1-D前
「ここが1年生、つまり後輩達の教室ね」
「入らないの?」
率直に質問する因を前に、さやかは微笑んで答えた。
「ほら、さすがに後輩の教室は先輩の私達が入ったら警戒されるから…何しにきたんだろうって。それに、風紀委員長って立ち場だから余計プレッシャー与えそうだし…あんまり居てもしょうがないから移動しようか」
さやかは因の手を引いて足早にその場を去る。
なんかあるのだろうか…因はそう心の中で思うも、とりわけ聞く必要もないため、さやかに何かと問うことは無かった。
その一部始終を、青いドレスの1年生が無言で見つめていた。
―教室2-A前
二人は教室前の廊下に立って会話をしている。
「知ってると思うけど、とりあえずここが私と因の所属している教室」
「よく見なかったけど、結構クラスあるんだね…」
廊下の遠くを眺める因。その視線の先には少なくとも教室6部屋分の扉が見えた。
「1学年でA~Gの7クラスあるのよ」
「へぇ~。2-A以外の二年生の教室は中に入るの?」
「いえ、2-Aと内装はほとんど同じだから案内はしない。あっ、でも一人会わせたい人がいるわ!」
そういや思い出したといった感じにと手を叩き、さやかは因の手を引き2-Bに向かう。
―教室2-B
ガラガラバァン!
さやかがまたもおもむろに扉を開ける。すると突然教室の窓側の席からさやかを呼ぶ声がする。
「おんやァ?さやかじゃないか。おひさー」
「ふぇっ!?」
メガネ、鉢巻、ペンライト…その教室にはいかにも秋葉原とかに行きそうな太った男がおり、因は思わず声をあげる。
「うふふ、おひさ~」
さやかは因の反応を差し置いて微笑みながら返事をした。
「デュフフ、そんな漫画みたいな声上げられたのいつ振りだろうなァー」
男の発言にため息をつきながら、さやかは因に彼を紹介する
「何アホな事ぬかしてんのよ。因ちゃん、紹介するわね。彼は東雲 風太。周りからは『不気味のブー太』で知られてるわ」
「ンま、最初は自称だったんだけどね?」
「へ…へぇ…」
因は困惑した顔をしている。自称とはいえ、爽やか清純系なさやかとはとてもかけ離れたデブが仲良さげに話している事に驚きを隠せないようだ。
「こ、この人があたしに合わせたい人…?」
「そうよ。彼は私と同じ風紀委員でね、色々と世話になってるの」
「生徒や来訪者のリサーチは任せてほしいんだナ!」
彼は自慢げに鼻息を荒くする。
「こんな奴だけど、学校内の情報管理能力だけはピカイチなのよ?」
「そうだぞォ?全校生徒の名前くらいなら暗記もしてるんだからナ!ちなみに今日は君を含めた新入生二人をリサーチ中だぞ!」
「そ、そうなんだ…って二人?」
その言葉を聞き、因は先ほどの黒い少女を思い出す。
「もしかして、もう一人って黒い制服の女の子?」
「んんっ!?因さんはもう会ってるんですかい!?」
ブー太が驚きの表情で聞き返す。
「よく無事でしたな!調べによると彼女は相当荒っぽいと聞いておりますが!?」
「え?だってすれ違いざまに見ただけだもん…」
「だから、その程度でイチャモンふっかけるような奴なんですよ!前の高校じゃあ入学初日で番長の座に居座ったくらいの荒れっぷりですし!」
「…」
さやかは喧々と話す二人を見つつ、何かを考えながら微笑んでいた。
「えぇ~!?そんな風には見えなかったけど…」
「見える見えないの問題じゃなくて…」
『キャーッ!』
「!?」
二人が延々と話していると突然、生徒の悲鳴が聞こえる。
「な、何!?」
「たぶん奴でしょうな!」
奴…今話していた黒い少女がさっそく事件を起こしたようだ。
「ええ、行くわよ、因!」
「え!?あ、あたしも!?」
危険だというのは薄々分かっているというのに自分を連れて行こうとするさやかに因は驚いた。
何故連れて行こうとするのだ。何故私なんだ。
「ちょっとあなたに見せたいものがあるのよ。フフフ…」
さやかは今までとは違うほほえみ方をする。
因は不安を感じながらも、二人で騒ぎのする方向へ向かっていったのだった…
続。